真・原宿ロードサイドストーリー

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2018.11.30/Fri
コラム

※サーバー不調で更新出来なかった記事を今更ながらあげさせていただきます。二ヶ月程前の記事です

 

 

 

 

18歳から23歳までの5年間
は原宿で過ごした

 

 

 

下積みと言われる時代

 

 

竹下通りの裏路地に僕の勤めていたサロンがあった

 

 

今はどうかわからないけど、原宿は美容師の街だった

 

 

街には大量の美容師がモデハン(モデルハント)をしていた

 

 

 

FreeTEMPOや大沢伸一が店内に流れていた

 

 

モデルや芸能人は当たり前の日常にいた

 

 

あいのりのヒデの店が流行っていた

 

 

ラフォーレのトイレでよく仮眠した(最長2時間)

 

 

竹下通りのはなまるうどんは毎日通った(今あるのか?)

 

マックの上の漫喫でしょっちゅうサボった(これもあるかわからん)

 

 

 

仕事して、練習して、クラブ行って、店のシャワー借りて、シャンプー台で寝て、練習して、仕事する、週に一度帰宅して、着替えを持ってくる
。そんな生活を5年程続けた

 

 

ベーシック技術はここで学んだ

 

 

給料はもろもろ引かれ手元に8万円が残る時代

(結局、手取り30万まで頑張ったけどなコノヤロー!!!!)

 

 

 

家賃と、光熱費を払えば、好きなものなど買えない

アシスタント時代

 

 

 

とにかく金が無いのと、眠いのと、そんな毎日

 

 

 

 

それでも技術者になるまで続いたのは、明確に技術を身につけたかったのと、【原宿】という環境が好きだったからだと思う

 

 

 

SNSがミクシィだけの時代に、モデルハントだけで50万を売上げたことは僕の自信に繋がった

 

 

カラーリング技術はこのモデルさん達のおかげで僕の今がある

 

 

辞めてから9年間が経った

 

 

今思うと、僕の

原宿時代は原宿に住んでるお客さんは、ほぼいなかった

 

 

 

 

そう思うと、ローカルエリアでお客さんと一緒に『何か』をやってる僕は原宿の人間ではなかったのかもしれない

 

 

 

 

アニーのラフォーレ進出と世話になってるdmi原宿に遊びにいってきた

 

 

 

 

昔の思い出が蘇ってきた

 

 

 

 

 

 

 

 

アニーはキラキラしてた

 

新作購入

 

 

 

吉田さんいつも良くしてくれる。

 

こちらも新作のマーチンゲット

 

 

 

 

またふらっと遊びにいこう

 

 

 

たまにはいい

 

 

 

阿佐ヶ谷の方が好きだけどw

 

 

 

柴田

 

 

 

 

 

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